2011年12月11日日曜日

カール・ヤスパース、『戦争の罪を問う』

カール・ヤスパース著、橋本文夫訳『戦争の罪を問う』(平凡社、1998年)
Karl Jaspers, Die Schuldfrage

哲学者の本ではあるが、講演形式なのでこれでも読みやすい方らしい。
私は十分苦しかったが。
カール・ヤスパースといえば、倫理の教科書にも出てくる超有名人、実存主義の哲学者である。
彼はナチスから受けたユダヤ系夫人との離婚勧告を拒否し、1937年に大学を追われた。
復職直後、ハイデルベルク大学で行った1945-46年の冬学期の講義の一部が本著である。
彼は、弾劾されたドイツの第二次大戦中の罪(ユダヤ人などマイノリティの迫害と近隣諸国への侵略)を目の当たりにし、
罪という概念そのものを4つに区別して考えた。
(一)刑法上の罪
(二)政治上の罪
(三)道徳上の罪
(四)形而上的罪

(一)と(二)は法律や為政者など客観的な存在が存在する一方、
(三)と(四)は個人の良心や他者との交わり、そして神が審判者になる。

ヤスパースが講演した聴衆は、ヤスパースと同時代を生き戦争を経験した
(すなわち、ナチスを「暴走」を見届け、間接的に加担した)ドイツ国民であったが、
戦後世代といわれる私たちも、例えば日本の旧植民地への責任をどう果たしていくか、
あるいはどう関わっていくか、
を考える点でいろいろ参考にできる内容である。
とはいえ、ニュルンベルク裁判の体制に楽観的なところや、
あまりにドイツ国民を均一に捉えているところ
(ユダヤ系やロマ<いわゆるジプシー>や女性といった差異にヤスパースは鈍感なのか、
言及していない)は、
疑問点でもあった。

2011年12月9日金曜日

アメリカ合衆国の形成と政治文化

常松洋、肥後本芳男、中野耕太郎編
『アメリカ合衆国の形成と政治文化―建国から第一次世界大戦まで』(昭和堂、2010年)
火曜2限のゼミで読んだ本。
研究者の間で今や当たり前に使われている「政治文化」という概念を批判的に問い直したい、
という編者の意図で構成されたはずの論文集。
「はずの」というのは、論文集にありがちな、
編者の期待を裏切る(と同時に読者の期待を裏切る)書き手が多すぎた。
論文集のテーマのコンセンサスがとれてないですね。
そして期待を裏切った割にあまりパッとしないものが多かった。
個人的に今思うと、
第4章 コミュニティ創生と健康・治療・食養生―十八~十九世紀南部におけるモラヴィア教徒の軌跡から(鈴木七美)
第8章 女性結社と経済的自立/自律(寺田由美)
は結構面白かったのかも。

なんて偉そうに言ってしまうと、自分はそれ以上に面白い論文を書かねばなりませんね。
リンクはこちら

2011年12月7日水曜日

2011年11月のやっつけ読書

師走ですね。

今年はだいぶ暖かい気がしますが、
安易に「地球温暖化」と結びつけるのはやめましょう。
地球寒冷化を叫ぶ気象学者もいますから、
正確には、気候変動というのがいいみたい。

都心に住んでいると、イルミネーションが綺麗なのですが、
節電はもう忘れられてしまったのでしょうか。

流行語では「絆」はじめ、3月の出来事を象徴する言葉が乱発されているのに、
町の必要以上に明るい電気は必要なのかな、と思うね。
もちろんLEDが開発されて、電力消費量は減りつつあるんだろうけど、
だったら企業はその技術革新をもっとアピールすればいいと思うんだが。
そうしないと結局、電気が無尽蔵にあると、都会の人はまた勘違いしてしまう。。

霜月の収穫は2冊だけ。
もちろん数の問題ではないのですが、
ダレて来ていることは間違いない。
そろそろ気を引き締めていきましょう。

1.常松洋、肥後本芳男、中野耕太郎編『アメリカ合衆国の形成と政治文化―建国から第一次世界大戦まで』(昭和堂、2010年)
2.カール・ヤスパース著、橋本文夫訳『戦争の罪を問う』(平凡社、1998年)