2012年1月26日木曜日

2011年12月のやっつけ読書

おかしいな~
もう1月が終わろうとしてる。。

・白井洋子『ベトナム戦争のアメリカ―もう一つのアメリカ史』(刀水書房、2006年)
・ジェイク・ブラウン著『Jay-z―ロッカフェラ王朝を築いたヒップホップの帝王』(トランスワールドジャパン、2009年)

2012年1月4日水曜日

さよなら2011&こんにちは2012

あけましておめでとうございます。

随分久しぶりの素数が去ってしまい、
簡単に割り切れる2012年がやってまいりました。

去年は試練で始まりながらも、
たくさんの変化に恵まれ、
皆さんが働いている時間に私はパジャマでダラダラしてる。。
嗚呼、学生生活万歳。

ほんとうに2011年は前半から自分の生活ががらりと変わってしまう一年でした。
会社員から学生に、
そして暮れには東京都民から神奈川県民に。
久しぶりに海外旅行に行ってみたり、
年末は2年ぶりに実家に過ごしてみたり。
友人の結婚式で2回も恥をかいてみたり。
いつもと違うことをするとエネルギーがいるらしく、
年末年始も体調不良で寝込んでいます。
とはいえ、まじめに大人しくしはじめたのは今日から。。
もうすぐしたら着替えて、すっかり旧友みたくなってしまった人と映画とお酒で新年会です。

毎年手帳の1ページ目に目標を三つ書いて、
年末に振り替えることにしています。
2011年は、
・負けない
・私の大好きなことを
・知性は最大の武器である

と、あんまり目標らしくない、
徹夜で論文を書いて、テンパっている人が冬休みに思いつきそうなことばかり。。
なんか汗臭い根性論で始めてしまった1年でした。
まぁ、楽しかったんだから良しとしよう。

負けないとはどういうことなのか、
私の大好きなこととはいったい何なのか、
知性とはいったい何なのか、
を噛みしめながら去年一年過ごしていたんじゃないかな。

さて、2012年は夏季オリンピックに、アメリカ大統領選、そしてあっという間に閏年。
私が建てた三本柱は、
・準備と片づけ
・短期集中
・前向きな態度(嫌味を言わない)

となりました。
守れてない際はどうか叱ってやってください。

それでは今年もいい一年になりますように。
私はもうすぐ歳をとります。

去年を象徴する写真をいくつかピックアップさせていただきます。



●●大と言えば、これ。
でも私はキャンパス違いで、みんなをガッカリさせる。。
渋谷に近い方が嬉しいやーい!

かわいい子には旅をさせよ。
ということでカピバラさんとお別れ。


十五夜には団子を作るも、
砂糖が多すぎて、形がいびつ。。



後期から始めたお弁当作り。
これからもtwitterでつぶやいてこう。



調布を離れたので、彼ともお別れ。

相変わらず、鳥がエロスです。
今年のクリスマスもおいしくできた。

2011年12月11日日曜日

カール・ヤスパース、『戦争の罪を問う』

カール・ヤスパース著、橋本文夫訳『戦争の罪を問う』(平凡社、1998年)
Karl Jaspers, Die Schuldfrage

哲学者の本ではあるが、講演形式なのでこれでも読みやすい方らしい。
私は十分苦しかったが。
カール・ヤスパースといえば、倫理の教科書にも出てくる超有名人、実存主義の哲学者である。
彼はナチスから受けたユダヤ系夫人との離婚勧告を拒否し、1937年に大学を追われた。
復職直後、ハイデルベルク大学で行った1945-46年の冬学期の講義の一部が本著である。
彼は、弾劾されたドイツの第二次大戦中の罪(ユダヤ人などマイノリティの迫害と近隣諸国への侵略)を目の当たりにし、
罪という概念そのものを4つに区別して考えた。
(一)刑法上の罪
(二)政治上の罪
(三)道徳上の罪
(四)形而上的罪

(一)と(二)は法律や為政者など客観的な存在が存在する一方、
(三)と(四)は個人の良心や他者との交わり、そして神が審判者になる。

ヤスパースが講演した聴衆は、ヤスパースと同時代を生き戦争を経験した
(すなわち、ナチスを「暴走」を見届け、間接的に加担した)ドイツ国民であったが、
戦後世代といわれる私たちも、例えば日本の旧植民地への責任をどう果たしていくか、
あるいはどう関わっていくか、
を考える点でいろいろ参考にできる内容である。
とはいえ、ニュルンベルク裁判の体制に楽観的なところや、
あまりにドイツ国民を均一に捉えているところ
(ユダヤ系やロマ<いわゆるジプシー>や女性といった差異にヤスパースは鈍感なのか、
言及していない)は、
疑問点でもあった。

2011年12月9日金曜日

アメリカ合衆国の形成と政治文化

常松洋、肥後本芳男、中野耕太郎編
『アメリカ合衆国の形成と政治文化―建国から第一次世界大戦まで』(昭和堂、2010年)
火曜2限のゼミで読んだ本。
研究者の間で今や当たり前に使われている「政治文化」という概念を批判的に問い直したい、
という編者の意図で構成されたはずの論文集。
「はずの」というのは、論文集にありがちな、
編者の期待を裏切る(と同時に読者の期待を裏切る)書き手が多すぎた。
論文集のテーマのコンセンサスがとれてないですね。
そして期待を裏切った割にあまりパッとしないものが多かった。
個人的に今思うと、
第4章 コミュニティ創生と健康・治療・食養生―十八~十九世紀南部におけるモラヴィア教徒の軌跡から(鈴木七美)
第8章 女性結社と経済的自立/自律(寺田由美)
は結構面白かったのかも。

なんて偉そうに言ってしまうと、自分はそれ以上に面白い論文を書かねばなりませんね。
リンクはこちら

2011年12月7日水曜日

2011年11月のやっつけ読書

師走ですね。

今年はだいぶ暖かい気がしますが、
安易に「地球温暖化」と結びつけるのはやめましょう。
地球寒冷化を叫ぶ気象学者もいますから、
正確には、気候変動というのがいいみたい。

都心に住んでいると、イルミネーションが綺麗なのですが、
節電はもう忘れられてしまったのでしょうか。

流行語では「絆」はじめ、3月の出来事を象徴する言葉が乱発されているのに、
町の必要以上に明るい電気は必要なのかな、と思うね。
もちろんLEDが開発されて、電力消費量は減りつつあるんだろうけど、
だったら企業はその技術革新をもっとアピールすればいいと思うんだが。
そうしないと結局、電気が無尽蔵にあると、都会の人はまた勘違いしてしまう。。

霜月の収穫は2冊だけ。
もちろん数の問題ではないのですが、
ダレて来ていることは間違いない。
そろそろ気を引き締めていきましょう。

1.常松洋、肥後本芳男、中野耕太郎編『アメリカ合衆国の形成と政治文化―建国から第一次世界大戦まで』(昭和堂、2010年)
2.カール・ヤスパース著、橋本文夫訳『戦争の罪を問う』(平凡社、1998年)

2011年11月28日月曜日

安武秀岳『自由の帝国と奴隷制』

安武秀岳『自由の帝国と奴隷制―南北戦争前史の研究』(ミネルヴァ書房、2011年)

1936年生まれのおじいちゃんの本。
この世代の人には貴重な歴史観の持ち主。
つまり、従来歴史というのは客観的事実で…とされてきたが、
彼は歴史家の個人的な経験やルーツが
研究テーマやその方向に大いに影響し得るという考え方の持ち主で、
私は「うんうん」と頷くことばかり。
この本は論文集で、
著者の関心は1830年代など19世紀前半にあり、
私の関心よりもずいぶん古い時代なのだが、
情熱をもって研究するに値する面白さがひしひしと伝わってきた。
何よりも、分厚い註釈から彼が並々ならぬ批判的な読書をしてきたことが伝わってくる。
紙面だけで恋に落ちました。

2011年11月22日火曜日

吉見義明『従軍慰安婦』

吉見義明『従軍慰安婦』(岩波書店、1995年)

戦時下でレイプのような性的暴力が発生するのは、「偶発的」という見方があるが、
第二次世界大戦中の(あるいはそれ以前からの)日本軍の性的暴行は、
個別の突発的な事例ではなく、
軍、すなわち国が指揮した組織的な犯行であったということを、強調する書。
また、「慰安婦」にされた多くの女性が日本帝国の植民地出身であり、
民族差別、階級差別(貧困層出身が多かった、
つまり、自発的というよりは構造的に強制された労働であった)
とも絡んでいたことが実証されている。

P2「従軍慰安婦」に関する初期の作品
 ・田村泰次郎の小説『春婦伝』(1947)
 ・千田夏光『従軍慰安婦』(1973)
P139
「慰安所の利用規定が厳しいのは、何より慰安所を設けてそこを性的慰安、
性的放縦の場としながら、
それによって軍機風紀を維持するという、矛盾した措置ゆえであり、
また、性病蔓延を防ぐとともに、
スパイ防止にも目をくばらなければならなかったからである」
P222
「わたしは、
これまで旧軍人の戦争体験記を数多く読んで慰安婦に関する記述にげんなりとさせられてきた。
なかでも気になるのは、慰安所を必要悪だとして肯定する旧軍事の考えの背後にある、
女性を『もの』として、あるいはセックスの対象としてのみ考える意識である」
終章は全部コピーしときたいくらいだ。