2011年10月6日木曜日

シンクレア・ルイス『本町通り』

シンクレア・ルイス作、斎藤忠利訳『本町通り』上・中・下(岩波書店、1970年)
 Main Street, 1920

ゴーファー・プレアリィという架空の田舎町に暮らす
キャロル・ケニコットという女性が主人公。
彼女は大学出の一応「インテリ」で、
町医者の夫、ウィル・ケニコットの故郷に嫁いできた。
比較的都会で育ち、シカゴやセントポールといった都市でで働いたこともあるキャロルが
その町(ゴーファー・プレアリィ)の退屈さに悩み、反抗するというエピソードがいくつも出てくるお話。

訳者、斎藤忠利による解説がわかりやすい。
上・P7
「『本町通り』の話の大筋は、キャロルの底の浅い改革の企てが、当然のことながらゴーファー・プレアリィの町の住民たちの顰蹙を買い、
退嬰的な田舎町の風習の圧力の前にキャロルも妥協を余儀なくされる、という典型的な風俗小説の一形式をとるが、
因習的な田舎町の規格化された生活の画一性と独善ぶりを批判するキャロルが、彼女自身の軽薄さを田舎町の側から批判されるという相互批判を内容とする、
キャロルとゴーファー・プレアリィとの関係が、キャロルとその夫ウィル・ケニコットとの夫婦関係の中に持ち込まれ、
キャロルにおける田舎町への反撥と帰順が、夫婦間家における愛と憎しみという人間関係の複雑さに還元されて描かれているところに、
『本町通り』の小説的な面白さがある」

おっしゃる通りで、「インテリ」ぶっている割には、
その知性も時に怪しく、痛いこのキャロルが、それでも
憎めないキャラクターで、いろいろとやらかす出来事が面白い。
夫と町への不満に耐えられなくなり、ゴーファー・プレアリィから離れ、
ワシントンに2年間滞在したキャロルが再び田舎町に戻ってきた際、
ケニコットはじめ、町の人々は彼女を温かく迎え入れた。
それでも満足しない、このクソ女であるが、どことなく核心をついたようなこともいう。
下・P285
「『帰ってきて欲しいと言われることは、いいことだわ』とキャロルは思った。
『嬉しさに、しびれるほどよ。でも―ほんとに、人生というものは、いつも、解決のない“でも”ばかりなのかしら』」

しょうもない、小さなことで悩んでいたり、
ちっぽけで薄っぺらな知識をひけらかしていたり、
その痛さがあまり他人事と思えなかったのと、
それでも何か一生懸命、自分の生を生きているところに結構感動した。

この小説が出版された1920年は、US Census、つまりアメリカの国勢調査により、
都市人口が初めて農村人口を上回ったことが発表された。
ストーリーのプロットである田舎と都市という対比は、このような背景も反映してのことでしょう。

P276 「ウィリアム・メアリースタイルの椅子」
ウィリアム・アンド・メアリー大学というのが、アメリカ合衆国バージニア州ウィリアムズバーグにありますが、
それと同じ。
イギリス革命を経てオランダから迎えられたウィリアム3世とメアリー2世というのがイコンとして記憶されているのがうかがえる記述。

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